CALENDER

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728    
<< February 2017 >>

仁比そうへいムービー


カウンター

ブログパーツUL5
2009年3月1日から

CATEGORIES

アーカイブス

2010.01.06 Wednesday

新春対談/参議院議員 仁比聡平さん 沖縄県宜野湾市長 伊波洋一さん

0
    伊波洋一宜野湾市長と対談=2009.12.2

    仁比「国民の力が政治を動かす」
    伊波「普天間基地撤去の年に」


    信条と抱負

     夏の参院選で、西日本17県を活動地域にして再選めざす日本共産党の仁比そうへい参院議員・比例候補が、沖縄県宜野湾市の伊波洋一市長と同市内で新春対談しました。話題は、国政の大焦点・宜野湾市のど真ん中に居座る米軍普天間基地の撤去から、政治家としての原点や新年にかける抱負まで、熱い議論になりました。

    仁比 辺野古への新基地建設や県内移設に反対する「11・8県民大会」以来の再会ですね。

    伊波 そうですね。

    仁比 ことし夏の参議院選挙で2期日に挑戦します。そこで、「赤旗」紙上での新春対談をと相談がありまして、実は、ぜひ伊波市長に、と私からお願いしたのです。お忙しいところ、本当にありがとうございます。

    伊波 ありがとうございます。光栄です。

    ―新年にあたり、両氏に「座右の銘」を色紙に書いてもらいました。

    仁比 「生きべくんば民衆とともに」と書きました。「死すべくんば民衆のために」と続きます。自由法曹団の創立メンバー、布施辰治という弁護士が残した言葉です。戦前治安維持法のもとで、小作争議、労働争議、朝鮮独立連動への弾圧とたたかった人です。

    伊波 そうですか。

    仁比 当時といま、時代背景こそ違いますが、政治を動かすのは国民の力です。ここに信念をもって、新しい年も頑張りたいと思います。

    平和な沖縄を目指して頑張る

    伊波 私は「基地のない平和な沖縄」と書きました。

    仁比 達筆ですね。

    伊波 沖縄にとって大きな課題が、米軍基地からの脱却というか、基地をなくしていくことです。われわれの願いは、これに尽きます。県議になる時代からずっと、どの集会でもこれをスローガンに書いています。ことしも、基地のない平和な沖縄を目指して頑張りたい。

    仁比 ぼく自身の参院議員1期、6年を振りかえってみると、2005年、06年というのは、在日米軍再編計画(ロードマップ)が「合意」された時期です。世界をみるとイラクやアフガン戦争。小泉、安倍両内閣は、白衛隊の海外派兵の強行、9条改憲に暴走し、国民投票法、教育基本法の改悪が強行されました。

    伊波 米軍再編と重なった時期でしたね。

    仁比 「戦争をする国」に変えようとする自公政治にたいし、当時、「憲法を守るためならたとえ命をすり減らしても」という思いで論戦に臨みました。9条の会をはじめ、憲法守れ、基地強化や米軍再編に反対する国民的な大きなたたかいが広がりました。暮らしを破壊する構造改革路線への怒り、平和を願う国民の力が、総選挙で自公政権の決定的な退場という審判を下したと。

    伊波 ことしは、日米安保50年の節目の年。2003年の市長就任以来7年間、米軍再編とも重なり、普天間問題に真正面から取り組んできました。しかし一番懸念していたヘリ墜落事故(04年)もおきました。奇跡的に人身上の被害はありませんが、二度と起こさせてはならないという思いでやってきました。昨年から東京行動などの取り組が、ことしの大きな足がかりを得ることができたと実感しました。ぜひ、沖縄から海兵隊をなくしていく、新基地建設をさせない年にしていきたいですね。

    仁比 年頭早々国会で、普天間問題や米軍再編をめぐって、日本が米国と世界に対して、どういう立場で臨むかが正面から問われる年になります。名護市長選が間近に迫っています。辺野古新基地を許さないという市民の強い思いを示すことが、、日本を変える大きな力になりますね。

    伊波 普天間基地の危険性の除去や問題解決に、いままで13年間何事も解決されていません。「移設」を前提にしているからです。危険性がそのまま放置され続けてきました。国会論戦が大事な年、力を出してほしいと思います。

    「建設的野党」の力を発揮して

    仁比 「自公政権のありようはもうごめんだ」という国民の力が新しい政治をつくっていく最大の力です。国民のみなさんとともに力を合わせて、アメリカいいなり・財界中心という根源をただす新しい政治をつくっていく「建設的野党」の力を発揮して猛奮闘します。

    伊波 (仁比さんの参院選用のリーフレットをみながら)コンパクトによくまとまっていますね。

    仁比 どうもありがとうございます。

    伊波 (リーフにある)「原点は憲法」という観点がいまこそ大事ですね。弱者をしっかりと支えるということが共産党の真髄ですね。共産党は正しいことを言っているのは、みんな承知しています。それを、現実の力にしていくのが大事です。私も日常的に市民との対話を継続していくことが大事だと心がけています。ぜひ参議院選挙、頑張っていただきたい。

    仁比 市長からの激励の言葉を胸に必ず勝利します。

    基地自体が「不正義」(伊波)
    安保破棄の党の出番(仁比)


    普天間返還へ

    仁比 私は、1963年(昭和38年)生まれです。市長は、何年のお生まれですか。

    伊波 私は1952年、早生まれです。ちょうど12歳、一回り違いますね。

    仁比 私が初めてオキナワに触れたのは、沖縄の祖国復帰・返還闘争で、父親に肩車され「ベトナム戦争反対」、「沖縄を返せ」とデモ、集会に参加しました。小学校にあがる前のことです。「沖縄を返せ」という歌を、そのころから歌い続けてきました

    伊波 私は普天間飛行場近くの嘉数中学校を卒業しています。普天間も復帰前まで、いまのようにうるさい飛行場じゃなかったんです。中学生のころナイキミサイルの格納庫があって、時々ナイキが地上に上がってきていました。パラシュート降下訓練をこの飛行場でやっていたぐらいです。

    仁比 普天間は、復帰後、どんどんほかの基地からの機能移転で、復帰当時よりも強化され、「世界一」危険な基地になっていった経過もあるようですね。

    伊波 ええ。1972年の沖縄復帰後、米海軍の那覇空港が返還されました。海軍の部隊が嘉手納基地に移りましたが、訓練を嘉手納でできないということで普天間飛行場を訓練用として整備しました。それが主な大きな整備の始まりです。普天間が、海外も含めて閉鎖されたあちこちの施設を受け入れてきて今日の込んだ、訓練が激しい状態になりました。

    仁比 昨年11月の普天間基地の即時閉鎖、新基地建設に反対する県民大会に参加しました。伊波市長の、「アメリカで存在が許されない基地がどうして沖縄で存在し続けるのか」と核心をついた訴えに大変感銘を受けたのです。

    米国の基準から幾重にも違反

    伊波 私は、市長になる前から米国に何度も行っています。市長になってからの調査でアメリカの基地についての基準などを通して、沖縄の基地がいかに不当であるか実感しました。特に、普天間基地の場合、アメリカの基準に2重にも3重にも違反している。だから、県民大会でも訴えたわけです。

    仁比 市長の訴えには、日米両政府や軍、戦争に対して、市民の視点を貫きとおす政治姿勢がみなぎっていました。

    伊波 私の話を受け止めていただいて…。沖縄の場合は、沖縄戦で戦場となって、住宅とか畑とか、お墓までがつぶされて普天間飛行場などが造られているわけです。

    仁比 そうですね。

    伊波 1972年5月15日に復帰して沖縄施政権は返還されましたが、基地がそのときに形を変えたりした訳ではない。どうしてかというと、日本の歴代政府が基準の見直しなどを米側に求めてこなかったという歴史がありました。政権も交代しましたし、米側に対してしっかりモノをいうことができれば変えることはできると思う。

    仁比 これまでの自公政権のもとで、戦後の日本の政治が、アメリカで許されないものを沖縄で存続させ続けてきた。そこに対して政府が本腰を入れてものを言ってこなかったわけです。

    伊波 いま「移設条件付き」という言い方で、普天間返還論があります。本当に一部ですが、「宜野湾の市長はまず真っ先に名護の市民にお願いして移してくれというべきじゃないか」という意見もあります。でも、宜野湾の市民のほとんどは、辺野古移設に反対しています。辺野古に移すのに賛成だというのは、県内の世論とほぼ同じぐらい。極めて少数です。私も2003年の市長選のときから、普天間の飛行場は、県内移設でもなく国内移設でもなく、普天間の部隊は米本土へと、ずっと訴えてきました。県内でも国内でも、最終的にまた沖縄の基地機能を日本に存続させることになります。

    移設付き論から抜け出すこと

    仁比 市長がおっしゃるように、移設条件付きの返還論ということでは、結局アメリカは痛くもない。辺野古でいうと、軍港まで付いている最新鋭の新基地を名護市民や大浦の住民の犠牲のもとにつくろうということです。移設条件付きの普天間返還諭から本腰を入れて抜け出すということが本当に大事です。

    伊波 日本政府の立場を明確にしてやれば、普天間のような基地が放置されるはずはない。ぜひ、国会の場でそういう議論をしっかり政府に対してやっていただきたいですね。

    仁比 政権が交代したのは、大きな意味があると思いますね。総選挙では、沖縄県内での基地「たらい回し」路線できた自公議員が議席を全部失う結果になりました。

    伊波 普天間基地について、「無条件に返還すべきだ」という共産党の立場は私たちにとって大変力強いものです。基地問題の要請行動のときは、共産党にもしていますし、年末も志位和夫委員長に要請しました。基地の成り立ちからすれば、沖縄の基地自体が「不正義」なんです。返還させて、帳消しにしてもらわないといけない。県民にとっては、安全保障の問題はその次の話です。厳しい論戦をたたかわせていただきたい。

    仁比 安保条約廃棄を掲げて、アメリカに堂々とモノをいう日本共産党が出番の情勢だという思いで頑張りたいと思います。

    伊波 前政権からの日米安保の現状肯定型の流れは断ち切らなければいけないですね。

    対等友好の平和条約に(仁比)
    敵国視しない方向ぜひ(伊波)


    安保のまやかし

    仁比 私の「沖縄基地体験」でいうと、共産党の国会の候補者になった直後の、辺野古への米軍新基地建設ノーという住民投票の結果にしっかりと従うべきだという名護の集会の応援が印象的です。ヘリ基地反対協が主催された集会の呼び込みを、初めて宣伝力ーからしました。

    伊波 沖縄の人たちと基地の関係でいえば、復帰前は、犧F、明日の生活のため″と余儀なくされて、多くの依存を米軍基地に頼っている面はありました。今は日本政府です。米軍基地があると振興策として政府がお金をくれるという依存の関係が、違う形で続いています。

    仁比 沖縄にずっと基地あるが故の苦しみを押し付けられてきたその思いを、本土の私たちが本当に理解をしていくことが大切ですね。

    伊波 沖縄の海兵隊、米軍基地は、さきの戦争で駐留することになりました。第2次世界大戦の状態のまま。戦後65年もなるのに、戦後の冷戦の状態でもなくて、その前の状態が維持し続けるべきでありません。私はこの普天間基地は海兵隊とともに米国に去るべきだと。

    時代錯誤的な猴淹瀘蕨澄

    仁比 燹崙米安保」があるから米軍基地は日本のどこかに置かなきゃいけない″とか、狷本の安全、平和を守るための「抑止力」だからどこかに移さないといけない″という議論は根本から間違っています。

    伊波 自公政権は米軍・海兵隊を置かないと誰が日本を守るのかとまで言ったわけでしょ。時代錯誤的なことです。自らの国を守る自衛隊も十数万もいるのに、わずか何千人の米軍海兵隊依存を平気で口に出す議論は、私自身からは、安全保障上の問題として全く考えられません。

    仁比 「時代錯誤的な」という話がありましたが、軍事同盟は「20世紀の遺物」になっています。軍隊が別の国に駐留して、その国の安全を守ることは、ありえません。「在日米軍が日本の安全を守る」といってきた政治は、まやかしです。そこを、沖縄のみなさんはまっすぐに訴えてきたし、国民全体がそこをいま真剣に問われています。日米関係を軍事同盟ではなく、対等友好な平和条約にかえることが求められています。

    伊波 アジアにはまだ「冷戦構造が残っている」といういいかたがあります。アジアに残っている、その脅威とは北朝鮮かといえば、たぶんそうはいわないでしょう。中国のことだと暗にいう。しかし、日本の消費財は半分以上を中国に依存して、経済的な交流があって会社もいっぱい進出しています。

    仁比 日本全体がそうですが、沖縄は特に、中国と相互互恵の関係を実際につくっていこうというのが大きな流れですね。経済界でも市民レベルの交流もそういう方向に進んでいくことがアジア全体の発展につながりますね。

    伊波 宜野湾市もアモイと友好都市です。先日もアモイ大学の研究所の所長が、市長メッセージを託してくれた。沖縄県は福建省、隣の浦添市が泉州市、那覇市が福州市と友好関係。なぜかというと、ずっと1300年代からの厚みのある中国と琉球の関係があります。敵国視しない方向を築きあげないといけない。

    平和の関係をアジア全体に

    仁比 大きな視野でみたときに、米国が軸になった世界的な軍事同盟がどんどん解消されています。いま残っているのは、日米、米豪、米韓、NATOという四つだけです。その「日米同盟」で、沖縄の「負担軽減」といいながら、実は米軍再編の焦点となって、ハワイやグアム、岩国と連携しながら前線拠点としての機能を強化されようとしています。沖縄から米軍基地をなくしていくという展望こそ、アジア全体に平和の関係をつくっていくことにつながります。

    伊波 いまの「安全保障論」がいかに観念的なものになっているか。もし中国が脅威ならば、アメリカと手を結んで戦争の準備をするのか、中国と友好関係をつくって仲良くするのか。普通に考えれば、中国と仲良くしたほうがはるかにいいと、すぐわかります。新しい時代に向かう流れは、沖縄の基地や、日本各地の米軍基地を強化することではありません。日本が考えるべきば、日本で表面的に言われている「安全保障論」―米軍があることが日本を守っているという議論―を、現実に立ち返って議論すべきです。(しんぶん赤旗 九州沖縄のページ 2010年1月6日〜8日に連載)

    | 1/1PAGES |